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東京地方裁判所 昭和52年(ワ)4453号 判決

原告

株式会社大洋建設

右代表者

田中平八郎

右訴訟代理人

太田惺

被告

練馬区

右代表者区長

田畑健介

右指定代理人

嶋本全宏

外四名

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判〈省略〉

第二  当事者の主張

一  請求原因

1(一)  原告は、土地付建物の分譲、いわゆる建売を業とする株式会社である。

(二)  被告の代表者である区長田畑健介(以下氏名は省略する)は、建築基準法九七条の三に定める特定行政庁として、同法四二条一項五号の道路位置指定に関する事務を管掌し、また被告の都市環境部指導課(以下指導課という)職員を指導監督して、いわゆるミニ開発に対する行政指導を行わせていた。

2  原告は、別紙目録一記載の土地(以下本件土地という)上に、建物を建築し、販売(いわゆる建売)する必要上、昭和五二年一月二六日、被告の区長に対し、同目録二記載の申請道路について、道路位置指定の申請(以下本件申請という)をした。

右申請に対し区長は、九六日目の同年五月二日に至つて、ようやく道路位置の処分(以下本件指定処分という)をした。〈以下、事実省略〉

理由

一請求原因1(一)、(二)、同2の各事実は当事者間に争いがない。

二1  原告は、本件申請から本件指定処分までに九六日間を費したことは、建築基準法上の特定行政庁である被告の区長に違法な不作為があつたからであると主張する。

2  一般に、道路位置指定の申請があつた場合に、建築基準法上の特定行政庁がいつまでに応答行為すなわち処分をなせばよいかについて、同法は明文の規定を設けていない。しかし、行政不服審査法二条二項、行政事件訴訟法三条五項の法意に照らせば、特定行政庁としては、当該申請の審査に通常必要な相当期間内に処分をなすべき義務があり、右相当期間を経過しても処分がされないときは、その延引について正当な事由が存在することが証明されないかぎり、違法な不作為を冒したものと認めるのが相当である。

3  ところで、原告が昭和四九年三月四日から同五二年四月七日までの間に、被告、中野区、世田谷区、杉並区などの区長に対してなした二六件の道路位置指定申請の大部分は、申請の日から三〇日以内に処分がなされている事実は、被告が明らかに争わないから、これを自白したものとみなされる。そして、右二六件のうち二五件の処分期間の算術平均は約二三日、四五日を要したものは僅かに二件、三三日以下のものが二三件を占めている事実が認められる。

一方、本件申請については、昭和五二年一月二六日申請が受理され、同年二月二三日(申請から二九日目)までに建築課の書面審査及び管理課との協議も終了し、引き続いて、指導課によるミニ開発の改善のための行政指導が開始されたこと、道路位置指定申請自体の審査の主管課は建築課であり、ミニ開発に対する行政指導が行われない場合は、管理課との協議の終了により、書面審査は完了し、続いて実地調査及び区長による決裁手続を経て処分に至るものであることは、いずれも当事者間に争いがない。

なお、指導課が本件申請につきミニ開発の行政指導を打ち切つたのは、昭和五二年四月一〇日頃であることが認められる。

以上の各事実及び本件指定処分は、右行政指導の打切りから二二日目の昭和五二年五月二日になされている事実(同処分の日は争いがない)を総合すれば、本件指定処分をなすに通常必要な相当期間は、事務の繁閑、関係部課等の多少、事案の難易など、審査期間を変動させる因子が必ずしも一定でないことを考慮に入れても、五〇日程度(若干の増減は事柄の性質上避けられない)を超えるものではないと認めるのが相当である。

4 被告は、ミニ開発に対する行政指導に費した日数(本件では右3の事実から明らかなとおり、二月二四日頃から四月一〇日頃までの約四六日間)をも、「通常必要な相当期間」の算定に際して、考慮すべきもののように主張する。しかし、ミニ開発に対する行政指導は、申請に係る道路に接する宅地の一区画の面積を最低いくらにすべきかという問題を解決する手段の一つに過ぎず、建築基準法四二条一項五号の道路位置指定処分の要件に直接関る事柄を対象とするものではないし、道路位置指定処分の効力に影響を及ぼすような事柄を対象とするものでもないから、右にいう「通常必要な相当期間」を算定する上で、これを斟酌することはできない。

したがつて、本件指定処分は右にいう通常必要な相当期間を過ぎてなされたことになる。

三1  被告は、本件指定処分が右の通常必要な相当期間を過ぎてからなされたのは、本件申請に係るミニ開発を改善させるための行政指導をしたからであり、これは本件指定処分の延引を適法ならしめる正当な事由であると主張し、原告は、そのような行政指導をなすこと自体が違法であり、そうでないとしても本件においてなされた具体的な行政指導は違法であるから、処分の延引が違法なことになると争う。

2  本件申請に係る宅地開発計画は、総面積350.41平方メートルであるが、うち本件申請にかかる道路の面積75.00平方メートルを除いた宅地面積は275.41平方メートルであり、原告はこの宅地を七区画に分割し、うち二区画には建売りの重層長屋各一棟、残る五区画には建売りの共同住宅一棟の計七棟を建築しようとするもので、一区画の敷地面積は平均四〇平方メートルに満たない極度に狭小なものであり、まさにミニ開発であつたことは当事者間に争いがない。

3  被告はミニ開発問題に対処するため、昭和五一年一〇月一日区役所の組織改正を行い、同日以降、ミニ開発に該当するものに対しては、道路位置指定手続の中で、一区画あたりの敷地面積を拡大させるべく、指導課をして行政指導をなさしめることとしたこと、その結果、組織改正前と比較すれば、ミニ開発に該当する申請については、右行政指導を行つた期間だけ指定処分が延引することになつたことは当事者間に争いがない。

これを本件についてみると、前記二3、のとおり、昭和五二年二月二四日から同年四月一〇日頃までの約四六日間指導課による行政指導が行われ、その期間だけ本件指定処分が延引し、結局、申請から九六日目に処分がなされたことになる。

4  そこで、被告が組織改正をしてミニ開発に対する行政指導の手続を制度化するに至つた動機及び本件申請に関する行政指導の経過をみるに、〈証拠〉を総合すれば、

(一)  被告練馬区においては、昭和四七年頃から中小の不動産業者が、都市計画法上の開発許可を必要としない一、〇〇〇平方メートル未満の小規模な宅地を開発し、この土地を一区画一〇〇平方メートル未満に細分化して、その上に建売住宅を建築・販売する、いわゆるミニ開発が急増してきた。

(二)  地価の高騰が引き金となつて、ミニ開発による住宅に対する需要は多いけれども、ミニ開発によるときは、ほとんどの場合、建物が敷地一杯に建てられ、隣家とはひさしを接し、狭小過密居住地域を形成し、その結果、日照、通風、プライバシーなどの面で看過できない問題が生じ、また、災害時における安全性の欠如、将来のスラム化が識者により指摘されるに至つた。

(三)  このように、ミニ開発は都市計画上も、防災上も好ましくない問題をかかえているため、現実に、近隣住民からも被告に対して苦情が持ち込まれ、昭和五一年ころには一つの社会問題と化しつつあり、座視できない情勢となつていた。しかるに、ミニ開発を直接規制する法規は存在しないため、被告としては、開発行為者を啓発し、その任意の協力により、ミニ開発の弊害を軽減することを期待する以外に、適当な解決策は考えられなかつた。

そして、右のような啓発をし、協力を求める場としては、道路位置指定申請によつてミニ開発であることが判明したものについては、その機会をとらえる以外に適切な機会はなかつた。

(四) そこで、被告は前記三3のとおり組織改正をして、道路位置指定処分の主管課である建築課が同処分の要件を審査する場合は、指導課とも協議をさせ、その際にミニ開発については指導課が右(三)のような意味で行政指導を行うことにしたものである。

(五)  指導課は、昭和五二年六月からは一区画あたり、建ぺい率三〇パーセントの土地では一一〇平方メートル、同四〇パーセントの土地では一〇〇平方メートル、同五〇パーセントの土地では九〇平方メートル、同六〇パーセントの土地では八五平方メートルの敷地を確保するように基準を明確にして行政指導をしているが、それ以前は、住宅地区改良法四条の改良地区に関する政令の規定や都市計画法の開発許可の要件等を参考として、一応一区画あたり一一〇平方メートルの保持を指導目標としていた。

したがつて、本件申請に対する行政指導の過程でも、指導課として、一一〇平方メートルという数字を原告側に示したことはあるが、それは右指導目標以下の過小宅地を認めない趣旨ではなく、原告の前記三2のような極端なミニ開発をできるかぎり改善してもらいたいという趣旨に出たものであつた。

(六)  しかも、指導課が、原告に対しミニ開発に関する行政指導を行つたのは本件が始めてではなく、原告が昭和五一年一二月三日付で桜台の土地について道路位置指定申請をした(同申請の事実は争いがない)際も、それがミニ開発であつたところから、指導課は本件同様に行政指導により改善を求めた。

しかし、この件に関しては、原告が建築確認を受けることなく(確認申請はしてあつた)、建築に着手し、すでに建物が相当程度完成していたので、指導課は、もはや開発計画を変更できない事態に至つていると判断し、原告から、今後の開発計画については指導課との間で、事前に協議する旨の言質をとつただけで、ミニ開発に対する行政指導を十分尽す機会は得られなかつた。

(七)(1)  本件申請に対する行政指導は、主として指導課長常定秀雄が担当し、他方原告側は、一級建築士兼土地家屋調査士である長谷川孝一を本件申請の代理人とし、行政指導に対する折衝にもあたらせていた。しかし、原告が右指導に従うか否かは、もつぱら原告代表者田中平八郎の意思にかかつていた。

(2)  そこで、指導課長は、昭和五二年二月二四日頃本件申請につき建築課から協議をうけ、同月二六日に、まず電話で長谷川に対し、被告のミニ開発に対する考え方を説明し、本件申請に係る宅地一区画あたりの敷地面積を拡大して欲しい旨を要望し、かつ、このことを原告代表者に伝えるように依頼した。長谷川は、この要請を原告代表者に伝達することは約したが、自己の見解として、宅地開発計画の変更は難しいとの見通しを述べた。

(3)  被告側では原告の翻意を期待していたところ、昭和五二年三月九日ころ、長谷川の弟から指導課長に対し本件申請は適法なものであるから早く指定処分を出して欲しいとの申入れがなされたので、翌々日(同月一一日)、指導課長は長谷川と電話で約一時間にわたり話し合つた。

その中で、指導課長は「被告のミニ開発に対する考え方を是非とも理解して欲しい。代理人(長谷川を指す)の職業上からも、被告の考え方が妥当なことはわかるはずだ。しかも、桜台の土地のいきさつ(前記(六)参照)もあるし、なんとか原告代表者を説得して欲しい」と重ねて強く要請した。

これに対して長谷川は「開発計画の変更は困難である。本件申請は法律上の要件をみたしている。被告は一日も早く指定処分か却下かの処分をして欲しい。もし、却下の場合は、その理由を書面で明らかにして欲しい」とこれまでの態度を変えなかつた。

(4)  他方、長谷川から被告の考え方について報告を受けた原告代表者は、ミニ開発によつて一区画の敷地面積を狭小にすることが土地付建売住宅を庶民の入手し易い価格に押える方法であり、これを阻止しようとすることは、つまるところ「被告区へ貧乏人は来なくてもよい。」と言うことであると反撥し、原告の創設以来の方針は、庶民的な価格で住宅を供給することにあるとして、翌一二日、深沢守弁護士に行政訴訟の提起をも含めて本件申請に係る問題の解決を依頼した。それとともに、同月一四日ころ原告代表者は長谷川に対して、本件申請については一週間程、被告との交渉を停止するように指示した。

右指示に従い、長谷川は本件申請に関して被告と交渉をもたなくなつた。

(5)  原告から委任を受けた深沢守弁護士は、先ず円満な解決を目指して、同月二六日ころ被告の区長及び指導課長らと会談した(会談の事実は争いがない)。その際も、区長らは、ミニ開発についての被告らの考え方を説明し、原告の協力を切に望んだが、事態は被告の望む方向には進展しなかつた。

(6)  そこで、同年四月上旬ころ指導課長は、行政指導に対する諾否の決定権を握つている原告代表者に直接説得を試みる以外解決の途はないものと考え、田中平八郎の来庁を求め、最後の説得にあたつた。

しかし、田中は、本件申請に対する処分を遷延させるならば法廷の場で決着をつけるとの態度を示した(原告は四月一日に東京地方裁判所に本件不作為の違法確認の訴を提起していた。)。

ここにおいて、指導課長は、もはや行政指導を続けても原告の翻意を期待し得る余地は全くないものと判断し、同月一〇日ころ長谷川に対して電話で、本件申請に対する審査事務を進めることを通知し、行政指導を打ち切つた。

(7)  指導課によるミニ開発に対する行政指導は前記4(一)ないし(四)のような組織改正により制度的になされてきたもので、本件に限らず、また原告に対してだけでなく、ミニ開発となる道路位置指定申請に対しては、すべて公平に行なわれている。また、日数的にも、指定処分がなされるまで九四日を要した例や、一一二日を費した例があり、本件のみが異常に延引したものではない。

との事実を認めることができる。

四1  原告は、法律の規定に基づかないで、一地方公共団体にすぎない被告がミニ開発に対して行政指導を行うこと自体が許されないことであり、そうでないとしても、指導課がなした本件行政指導は、住環境の保全という行政目的を実現するためのものであり、建築基準法四二条二項の道路位置指定のための要件審査とは無関係であるから、右法条に基づく本件指定処分の手続の中でこのような行政指導をしたことは違法であると主張する。

2  しかし、法律上、明文が存在しないとの一事をもつて直ちに、いかなる行政指導を行うことも許されないと考えるのは早計である。いかなる目的のもとに、どのような方法、程度の行政指導が許され、あるいは違法となるかは、法秩序全体の立場から判定されるべき事柄と考えるのが正当である。

けだし、夜警国家においてはともかく、現在の行政は流動する社会現象の中で、絶えず生起する新しい事態に適切に対応し、憲法を頂点とする法秩序の中で、そこに示された福祉国家の理念の実現に努力しなければならない責務を負つており、行政に対するこのような国民の負託を考えるならば、非権力的政治活動であるかぎり、法律の欠如が行政指導の禁止を当然に意味しているものと解する余地はありえないからである。

3  原告は、昭和四五年の建築基準法の改正により建ぺい率算定における三〇平方メートルの控除条項が削除されたことをとらえて、国はミニ開発を是認し、これを規制する行為を許さないとしたものであると主張するが、右の改正は、より小規模な宅地にも住宅を建設できるようにするためのものではあるにしても、無制限に狭小宅地を是認し、いかなるミニ開発に対しても、その改善のための行政指導をすることを禁じる趣旨でなされたとは、とうてい考えられない。

なぜなら、建築基準法は「建物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資する」(同法一条)ことを目的とするものであり、前記三4で認定したような被告の行政指導の目的、必要性は、むしろ右建築基準法にいう「国民の生命、健康、財産の保護」及び「公共の福祉の増進に資する」目的により適うものと言うことができるからである。さらにまた、前記三4(五)のとおり、住宅地区改良法四条により改良地区として指定を受けるための住宅密集度は、一ヘクタールあたり八〇戸以上とされており(住宅地区改良法施行令四条四号)、その道路率を一五パーセントとみれば、一戸あたり平均一〇六平方メートル、二〇パーセントとしても一〇〇平方メートルの敷地面積がある一団地ですら同法による改良事業の対象地区となりうるものである。

これらを通観すれば、建築基準法を含めた法秩序全体としては、狭小過密な住居地域を決して歓迎していないことは明らかである。

そして、「地方公共の秩序を維持し、住民及び滞在者の安全、健康及び福祉を保持すること」は、地方公共団体の行政事務に属する(地方自治法二条二項、三項一号)。

4  そうだとすれば、普通地方公共団体である被告が、ミニ開発という新な社会問題に対して、住民の要望に応え、快適な住環境の保全、維持及び増進をはかるべく、本件申請のような極度に狭小過密な開発行為に対して、強制力を伴わない行政指導を行うこと自体は、なんら建築基準法に違反するものではなく、むしろ法秩序全体に照らし、適法かつ妥当なものと考えるべきである。

5 たしかに、法令に基づく申請に対して、通常必要と認められる相当期間内に行政庁が処分をしないことは、正当な事由がないかぎり、違法な不作為であり、当該申請人はかかる不作為から救済される法的な権利を保障されていることは、行政不服審査法二条二項、行政事件訴訟法三条五項の規定から明らかなところである。そして、本件で見られるように、申請に対する処分手続中に行政指導が介在するときは、通常、その指導期間だけ処分が延引するであろうことは、容易に首肯できることである。

したがつて、行政指導そのものは、理念的には、なんらの強制をも伴うものではありえないけれども、事実上は、指導を受ける相手方になんらかの不利益が生じることはありうることであり、本件においても原告は、その行政指導の期間だけ、速かな処分を受けられなかつたという不利益を受けたことは否定できない事実である。

しかし、個人と公共の利害の衝突を調整するための勧告、説得、啓発活動が行政指導の方法である以上、相当程度の時間がこれに割かれたからといつて、当然に行政指導が違法となるものではなく、個々の事案に応じて、行政指導の目的あるいは必要性とそれによつて相手方が被る不利益の程度とを考慮して、行政指導の適法、違法を判断すべきものである。

すなわち、行政指導の介在によつて相手方たる原告が受ける事実上の不利益と行政指導によつて実現しようとする目的の公益性、福祉性あるいは社会的必要性とを比較考量した場合に、後者が明らかに優越し、かつ当該行政指導の方法、程度が、これを相手方たる原告に受忍させても不正義、不公平に至らないような社会的妥当性を持つたものであるときは、その行政指導は適法なものと考えるべきである。

6 なるほど、道路位置指定申請に対しては、特定行政庁は、これが関係法令に適合するか否かを審査し、判断すれば処分をなしうるわけで、ミニ開発を企図した申請であるか否かは処分の要件ではない。したがつて、ミニ開発であることだけを理由に本件申請を却下することも、現在の法制の下では許されていない。

しかし、道路位置指定は宅地開発のためになされるものであり、本件においては、まさにミニ開発の手段にほかならない。しかも、一旦、道路位置指定処分がなされると、その後に敷地の区画割りを変更することは事実上、不可能に近く、また、これについて申請者の協力もほとんど期待できないことは見易い事理である。このように、道路位置指定処分は、これをなすことにより事実上ミニ開発を是認したと同様な結果を招来するものである以上、前示の建築基準法、住宅地区改良法、地方自治等の趣旨、目的に顕現された快適な住環境の保全、維持を通じて住民の福祉の増進を図るとの行政目的の実現のために、建築基準法上の特定行政庁が二箇月に満たない程度の期間、処分を留保し、本件のような極端なミニ開発に対して、改善を勧告し、協力を求め、そのために原告に対して啓発活動を行うことは、一般的に言つて、原告において受忍すべき限度内の行政指導であり、なんら違法な行為ではなく、かえつて、前述のような行政に対する国民の負託を考えれば、むしろ法の趣旨、目的により一層適つた行政活動ということができる。

したがつて、原告の右主張は採用できない。

五1  原告は又、被告が指導課による行政指導の手続を建築課による書面審査及び管理課との協議手続とその後に予定される実地調査の手続との中間に組み込んだことは、処分の遅延をもたらし、申請者に対し、行政指導に従うことを事実上強制したものであり、また被告はミニ開発に対する明確な指導基準を制定していなかつたから、被告の行政指導は制度自体が違法なものであると主張する。

2 しかし、指導課の行政指導が道路位置指定申請の審査過程の中間に組み入れられているからといつて、それが行政指導に従うことを事実上強制していることには必ずしもならない。要は、行政指導に費された時間が、行政指導として妥当な限界を逸脱した長期のものであり、これによつて受忍の限度を超えた不利益を強いられたか否かにかかつてくることであり、この点については、前記四、6で判断したとおり、本件における行政指導の期間は原告において受忍すべき限度内にあり、なんら違法なものではない。

3  また、行政指導に関しても、いわゆる行政公平の原則が適用されることは勿論であり、行政指導が公平になされるためには、指導基準が客観的に表されるのが理想ではあるが、そこにまで至つていなかつたからといつて、行政指導が当然に違法となる理由はない。

しかも、前記三4(五)で認定したとおり、本件申請に対する行政指導が行われた当時、被告には大まかではあるが一応の基準が設けられてあり、これに従つて本件行政指導も行なわれていることは明らかである。

したがつて、原告の右主張も失当である。

六1  原告は、行政指導は相手方の同意があつて目的を達成できるものであり、また行政指導の方法、内容、期間は社会通念上妥当なものでなければならないところ、本件においては、原告が昭和五二年三月一一日に、被告の行政指導を確定的に拒否したから、その後の行政指導は相手方の同意を得られる可能性が全くなかつたのになされた違法なものであり、行政指導の方法、内容としても妥当性を欠き、乱用であると主張する。

2  なるほど、行政指導は法律上の制裁その他の強制力を伴わない勧告、説得、啓発等の方法によつて目的を実現しようとするものであるから、相手方の任意の履行がありえない状況の下では、行政指導は徒労に帰することは明らかであり、本件のように、通常必要な相当期間内に処分をなすべき義務がある場合には、事情によつては、無意味な行政指導に時間を費し、処分を延引することが違法、有責性を帯びることも起りえないではない。

しかし、勧告、説得により相手方の翻意を促す方法による行政指導の場合は、そもそも相手方の意図に反し、あるいはこれと異る行為に出るように相手方に働きかけるのであるから、相手方が勧告、説得を一再ならず拒絶しあるいは反発することはむしろ当然であり、これを説得することこそがかかる行政指導の本質にほかならない。

したがつて、当該行政庁は、行政指導に応じない旨の相手方の意思表示がどのような理由、根拠に基づくのか、又どの程度の期間その意思が持続しており、どのように具体的な所為として表明されたか等を総合的に判断して、行政指導を終了すべき時期を決定しなければならないものである。

3 この観点から本件をみると、前記三4(七)で認定したとおり、本件申請は二月二四日指導課の指導に移され、以後の指導及び指導課長が三月一一日に長谷川孝一と折衝した際に同人から行政指導を拒否されたこと等から、被告としても原告の意思が行政指導に従わない方向にあることはあらためて認識したものと言える。しかし、その後の三月二六日頃、前記三4(七)(5)のとおり、原告の依頼をうけた深沢守弁護士が円満な解決策を見出すべく来訪し、指導課長と交渉をもつていることに鑑みると、三月一一日の段階でもはや行政指導の余地がなくなつていたものとすることはできない。むしろ前記三4(七)(6)のとおり、指導課長が、最終的な説得として、直接原告がママ代表者と会つて翻意を促した時点までは、未だ行政指導の余地があると判断したことに何ら違法なところはないと言うことができる。

しかも、前記三4(六)で認定したとおり、原告は桜台の土地に関する道路位置指定処分の際、今後のミニ開発については指導課との間で協議を持つことに同意していたものである。

4 右の各事実に基づけば、三月一一日をもつて行政指導を打ち切りとせず、さらに原告の翻意を期待して、原告代表者田中平八郎を直接説得するまでの指導課長の所為は、社会通念上も適法な行政指導の範囲内にあり、原告代表者に対する直接の説得が徒労に帰したことにより、行政指導を終えた処置には、なんら原告が主張するような乱用の事実、違法は認められない。

七以上検討したところから明らかなように、本件指定処分は行政指導のために通常必要な相当期間を経過した後になされたものではあるけれども、その行政指導は適法なものであるから、その余の点について判断するまでもなく原告の主張は失当である。よつて、原告の請求を棄却することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(山本和敏 永吉盛雄 難波孝一)

目録、図面〈省略〉

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